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作成: 1999/11/19 永川 城正

データ番号   :110071
核融合実験炉環境における照射誘起変形の評価
目的      :科学的モデルに基づいたシミュレーション計算による照射誘起変形予測技術の適用
研究実施機関名 :科学技術庁金属材料技術研究所第2研究グループ
応用分野    :原子炉材料、核融合炉開発、原子炉安全性

概要      :
 応力下における点欠陥のカイネティックスと照射誘起変形機構を連立させた計算機シミュエーションによって、現在開発・設計の途上にある核融合実験炉ITERの炉内構造物における照射誘起変形予測を行った。真空容器(120℃)においてはクリープ変形量、応力緩和量ともに小さくほぼ問題とならないが、ブランケット後部(200℃)ではクリープ変形量は小さいものの、応力緩和は十数%と決して無視できない可能性がある。
 

詳細説明    :
 ITERのような核融合実験炉では温度の低い冷却水をもちいる。316ステンレス鋼でつくられたブランケット(核融合プラズマの最も近くに置かれ、核融合反応による高エネルギー粒子を受け止める構造物)は入口温度140℃の水で冷やされ、その後部は約200℃の温度で照射損傷を受ける。ブランケットの外側に置かれる真空容器の冷却水は100℃で、約120℃で照射損傷を受ける。また、これら部分での原子弾き出し速度は約1x10-9 dpa/s(dpa:結晶原子1個あたりの弾き出し回数)と核融合プラズマに面する第一壁すなわちブランケット前面部分より約2桁も低いため、照射誘起変形(照射による原子の弾き出し現象が誘起する塑性変形で、非照射下での変形とは機構が異なるとともに変形速度もはるかに大きい)を実験的に評価するのは非常に困難である。このため、科学的シミュレーション計算による評価が重要となる。シミュレーション方法については本データベースの該当項目を参照されたい。


図1 Irradiation creep strain vs. dpa for solution-annealed 316 SS at 1x10-9 dpa/s and 100 MPa. (原論文1より引用。 Reprinted with permission from Elsevier Science, Copyright 1998.)

 比較的に低い温度においては照射誘起変形が300〜400℃よりむしろ激しくなることが見いだされている。著者らは計算によって、原子空孔に比べて移動エネルギーの小さい格子間原子は低い温度でも動き易いため、主に格子間原子が原因となる照射誘起変形が遷移的に促進されることを示した。図1にクリープ(一定応力下での塑性変形)歪みを原子弾き出し量の関数として応力100 MPa、1x10-9 dpa/sの条件で求めた結果を示す。運転全期間中に真空容器が受ける弾き出し量は0.1 dpa未満と考えられており、予想される全クリープ変形量はたかだか0.002%程度である。またブランケット後部での全クリープ変形量も0.1 dpaで0.01%程度と低い。これらの温度における照射下クリープ速度の応力依存性はほぼ応力に比例し、非照射時のクリープ変形のように応力の4〜5乗に比例して急激に大きくなることはない。よって、ITERの真空容器ならびにブランケット後部における照射下クリープは設計上致命的なほどの塑性変形を生じさせないと予測される。


図2 Radiation-induced stress relaxation of solution-annealed 316 SS at 120℃ and 3x10-9 dpa/s with the initial stress of 100 MPa. (原論文1より引用。 Reprinted with permission from Elsevier Science, Copyright 1998.)

 第2図に初期応力100 MPaでのITER真空容器(120℃)ならびにブランケット後部(200℃)における応力緩和曲線を示す。照射誘起変形速度は応力にほぼ比例するだけであるため、応力が緩和されても塑性変形速度はあまり低下せず、持続的かつ徹底的な応力緩和が起こりうる。計算においては、微小時間ステップごとに塑性歪みへの変換により低下した応力を計算し直して次のステップで使用した。真空容器においてはほぼ使用期間の全照射量(約0.1 dpa)にわたって遷移的な塑性変形が誘起されるものの、高い変形速度は極めて初期にだけ発生するため、クリープ変形だけでなく応力緩和も約5%とあまり大きくはないことが分かった。


図3 Radiation-induced stress relaxation of solution-annealed 316 SS at 200℃ and 3x10-9 dpa/s with the initial stress of 100 MPa. (原論文1より引用。 Reprinted with permission from Elsevier Science, Copyright 1998.)

 一方、ブランケット後部においては遷移的な高い変形速度の期間が短いものの定常的な塑性変形速度が比較的に大きく、第3図に示すように全使用期間中の応力緩和は十数%となり、決して無視できない可能性がある。
 
 非照射時には応力緩和が初期応力に強く依存するため、大きな初期応力では激しく小さな応力ではほとんど緩和されない(ただし共に最終的には緩和は飽和してしまい、照射下のように応力がほぼゼロになることはない)。第2図と第3図では初期応力を100 MPaとして計算したが、照射下での応力緩和の初期応力依存性を真空容器(120℃)とブランケット後部(200℃)について300 MPaまでの範囲で調べた結果、照射下での初期応力依存性は弱く、非常に大きな応力でも小さな応力でもほぼ同一の緩和速度(対初期応力比の変化速度)で減少していくことが予測された。
 

コメント    :
 極めて低い原子弾き出し速度における照射誘起変形挙動についてはこれまでに実験的な評価は行われておらず、また今後も技術的にほぼ不可能と思われる。しかしながら、原子炉を長期間安全に使用するためには寿命末期における照射誘起変形量を評価することがどうしても必要である。この様な目的には本計算機シミュレーションのような評価予測技術が大いに有効であり、今後も照射下試験技術を向上させて照射下挙動の把握と機構の解明に努め、かつ実験的知見による検証を行いながら改良を進めていくことが望まれる。
 

原論文1 Data source 1:
Calculation of radiation-induced deformation in the ITER vacuum vessel
Johsei Nagakawa
National Research Institute for Metals, 1-2-1 Sengen, Tsukuba, 305-0047, Japan
J. Nucl. Mater. 258-263 (1998) 289-294.

原論文2 Data source 2:
Calculation of radiation-induced stress relaxation
Johsei Nagakawa
National Research Institute for Metals, 1-2-1 Sengen, Tsukuba, 305-0047, Japan
J. Nucl. Mater. 212-215 (1994) 541-545.

キーワード:点欠陥、照射誘起変形、シミュレーション計算、反応速度論、クリープ変形、応力緩和、核融合炉
point defects, radiation-induced deformation, simulation calculation, rate equation theory, creep deformation, stress relaxation, fusion reactor
分類コード:110402, 110401, 110502

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