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作成: 1999/10/19 永川 城正

データ番号   :110070
照射によって誘起される著しいクリープ変形と応力緩和のシミュレーション計算
目的      :科学的モデルに基づくシミュレーション計算による照射誘起変形の予測技術開発
研究実施機関名 :科学技術庁金属材料技術研究所第2研究グループ
応用分野    :原子炉材料、核融合炉開発、軽水炉高経年化対策、原子炉安全性

概要      :
 応力下における点欠陥のカイネティックスと照射誘起変形機構を連立させた計算機シミュエーションにより、実験的評価の難しい照射誘起変形を予測するための基礎的研究を行った。軽水炉の炉心部材料における照射下クリープや照射誘起応力緩和、ならびに60℃における照射誘起変形の一層の促進などが予測され、実験データとの良好な比較結果が得られた。
 

詳細説明    :
 軽水炉や核融合炉などの炉内構造物の材料は中性子やガンマ線のような高いエネルギーをもつ粒子・量子による照射に曝されている。このため、材料中では結晶格子原子の弾き出しが活発に生じ、発生した点欠陥が常に材料中を動きまわるダイナッミックな状況にある。その結果、塑性変形などの種々の材料特性において非照射時とは機構が根本的に異なる照射下特有の挙動が誘発される。その一例として、照射下では点欠陥の動的な働きによる非常に著しい塑性変形の生じることが知られている。
 
 この様な照射下でのダイナミックな材料挙動は評価試験の困難度が高いために、重要であると認識されてはいるものの、その多くは未だ検証・解明されていない。このため、本研究では科学的モデルに基づく予測を目標として、計算機によるシミュレーションの研究を行った。シミュレーションの基本スキームは、応力下での点欠陥の反応速度論式を基本とし、かつ自由に動き回っている点欠陥を主要な複数の照射誘起変形機構が競い合うとともに全ての機構が同時に変形に寄与しているとした。


図1 Calculated stress dependence of the irradiation creep rate in Inconel X-750 at 300℃ and 3x10-8 dpa/s. (原論文1より引用。 Reprinted with permission from Elsevier Science, Copyright 1995.)

 図1に軽水炉の炉心部においてボルトやバネ材として使われているインコネルX-750合金熱間鍛造材の炉心照射環境における照射誘起変形速度の応力依存性を示す。主要な貢献は、残留転位の照射誘起優先上昇運動(PA)、ならびにPAにより結果障害物を乗り越えた後のすべり運動(PAG)による。全体の変形速度は200 MPa以下では応力にほぼ比例しており、非照射下での4〜6乗という強い依存性とは非常に異なる。また、非照射時には300℃、200MPaでの定応力の変形速度は殆どゼロであるが、照射下でも軽水炉条件では10年間で高々0.02%程度であり、変形量自体の直接的影響は殆どないものと予想された。しかしながら、応力緩和(弾性変形の範囲内で拘束した場合、塑性変形が生じて弾性歪みが塑性歪みへと次第に変化し、弾性応力が低下していく現象)の観点から見ると、図1の結果は大変重要な意味をもつ。すなわち、照射下では塑性変形速度の応力依存性が著しく低いため、応力緩和が進行しても塑性変形速度が余り衰えずに緩和が飽和しない。


図2 Calculated stress relaxation of Inconel X-750 at 300℃ and 3x10-8 dpa/s with experimental data of the similar condition. (原論文1より引用。 Reprinted with permission from Elsevier Science, Copyright 1995.)

 図2に照射誘起応力緩和のシミュレーション結果を炉内実験の結果とともに示す。条件は図1と同様で、初期応力は燃料集合体の固定ボルトの締め付け応力にとってある。計算結果と実験結果は良好な一致を示しており、残留転位の再配列によると思われる極初期の10%程度の緩和を考慮すると点線のように更に良好な一致が得られる。計算によれば、照射下では10年間でほぼ応力がゼロになってしまう激しい緩和が進行する。


図3 Calculated stress dependence of the irradiation creep strain of 316 SS at 2 dpa for low and medium temperature case. (原論文1より引用。 Reprinted with permission from Elsevier Science, Copyright 1995.)

 核融合炉は軽水炉などと異なり、材料が液体ヘリウム温度から千℃以上までの非常に広い温度範囲で照射を受ける。最近、数十度℃の比較的に低い温度で照射誘起変形が300〜400℃よりもむしろ大きくなるという結果が実験的に得られた。この様な条件でのシミュレーション計算の結果、温度が低いと原子空孔が殆ど動けないのに対して格子間原子は活発に動き、その結果過剰な格子間原子フラックスが材料中に生じるため、照射誘起変形が一層促進されることが分かった。図3に定応力下での2dpa(dpa:個々の格子原子が弾き出される回数)の照射量における塑性変形量を示す。60℃の方が300℃よりも大きな変形を示す予測が得られた。シミュレーションによればこの現象は過渡的なものであり、60℃における変形速度は次第に低下し、ついには300℃よりも低くなってしまうことも示され、加速器実験によっても実証された。
 

コメント    :
 この様な照射下でのダイナミックな材料挙動は照射環境下で重要であると認識されてはいるものの、その多くは未だ検証・解明されていない。特に、核融合炉等の次世代原子炉における中性子照射条件や負荷応力状態といった構造物材料の使用環境を現時点で明確に確定させることは極めて難しい。このため、照射下試験技術を開発して照射下固有の挙動の把握と機構の解明を図るとともに、本研究のような科学的モデルに基づく予測技術を開発して実験的知見による検証を行いながら体系化し、照射試験データの補間や外挿などを併せて行っていくことが重要である。
 

原論文1 Data source 1:
Calculation of radiation-induced creep and stress relaxation
Johsei Nagakawa
National Research Institute for Metals, 1-2-1 Sengen, Tsukuba, 305-0047, Japan
J. Nucl. Mater. 225 (1995) 1-7.

原論文2 Data source 2:
Computational approach to the fusion reactor materials
Tetsuji Noda and Johsei Nagakawa
National Research Institute for Metals, 1-2-1 Sengen, Tsukuba, 305-0047, Japan
Springer Series in Materials Science Vol. 34, Ed. by T. Saito (Springer Verlag, 1999) pp. 163-193.

キーワード:点欠陥、照射誘起変形、シミュレーション計算、反応速度論、クリープ変形、応力緩和、軽水炉、核融合炉
point defects, radiation-induced deformation, simulation calculation, rate equation theory, creep deformation, stress relaxation, light-water cooled reactor, fusion reactor
分類コード:110402, 110401, 110502

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