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作成: 1999/11/7 岸本 直樹

データ番号   :110063
パルス重陽子照射によるオーステナイト鋼の共鳴的クリープ促進
目的      :イオン照射クリープ装置を利用したパルス照射クリープ効果の解明
研究実施機関名 :科学技術庁金属材料技術研究所精密励起場ステーション
応用分野    :核融合炉材料、原子力材料、耐照射性構造材料、過渡変形測定法、欠陥評価法

概要      :
 溶体化処理、20%冷間加工の316ステンレス鋼及びFe-25Ni-15Cr合金において、繰り返しパルス10 MeV重陽子に対するクリープ応答(一定応力での変形)を測定した。広範囲の繰り返し周波数の矩形波(パルス幅 τP=10 ms - 1000 s, 2×10-7 dpa/s)で重陽子照射を行うと、τP=100 s近傍において、共鳴的に大きなクリープ促進効果が観測された。その機構は速度論的モデルを用いてパルス誘起の点欠陥富化効果として説明された。
 

詳細説明    :
 核融合炉第一壁材料は高エネルギーの中性子照射を受けることから、その照射損傷の克服は重要な課題であり、基礎的機構の理解に基づいた照射損傷挙動の把握、さらには耐照射性の向上が望まれている。中性子照射効果を調べるには原子炉照射を用いることが望ましいが、特にパルス照射下のクリープは、パルス中性子が得難く照射条件の設定が困難である。また、照射クリープは、非平衡に導入された点欠陥と応力下の転位との異方的相互作用によって発生するため、その場計測技術が不可欠であり、熱的外乱の下で、熱膨張の影響を避けながら精密に歪計測を行わなければならない。本研究では、サイクロトロンで生成された重陽子を用い、高速・高精度の温度制御を中心とする装置システム(軽イオン照射クリープ試験装置)を開発し、それにより、パルス条件を系統的に変化させ照射誘起変形を高精度(〜10-5)で計測して基礎的機構の研究を行った。


図1 Creep curve of SA-316SS after switching from continuous to pulsed irradiation for τP=100, 500 and 20 s at 673 K under uniaxial loading with 160 MPa. The on-time beam current density 1.4 μA/cm2 corresponds to 2×10-7 dpa/s. (原論文1より引用。 Reprinted with permission from Elsevier Science, Copyright 1994.)



図2 Pulse-width (frequency) dependence of pulse-induced strain of 316SS for SA and 20% CW specimens. Changes in elongation at 3 hr after the pulsing onset are taken as the pulse-induced strains. Solid curves show the strains from the steady-state level and broken curves show those from the bottom of the transient negative creep. (原論文2より引用。 Reprinted with permission from Elsevier Science, Copyright 1995.)

 図1は、溶体化処理(SA)316ステンレス鋼(316SS)において、673 K、荷重160 MPaで、熱クリープで平衡に達した後、繰り返しパルス幅τP=100、500及び20 sでパルス重陽子照射を行った際のクリープ曲線である。変形量1μmはε=5×10-5 、パルスのon-timeのイオン電流1.4μA/cm2は2×10-7dpa/sに相当する。このように同じピーク電流に対して、特定の繰り返しパルス照射により大きなクリープ変形が誘起される。この変形量は定常クリープに比べて10倍以上大きなものであり、パルス照射独特のものである。
 
 図2は、SA-及び冷間加工(CW)20%の316SSにおけるクリープ変形量(3時間経過後の値)のパルス幅依存性を示す。ここで、ε1(実線)は熱平衡の歪みからの変化分、ε2(破線)はパルスモード切替時の負のシフトを基準としたクリープ変形量を示す。この図から明らかなように、速すぎる繰り返しパルスや遅すぎる場合には、変形量は少なく、中間のパルス幅τP=100 s(周波数5×10-3 Hz)付近において明瞭な極大を示す。このことから本現象を共鳴的照射クリープと呼ぶ。この共鳴クリープは、673 K と573 Kでは大差なく定常照射クリープと同様に照射温度には敏感でない。一方、CW材よりもSA材の方がはるかに大きいことから、転位に対する点欠陥の応力誘起優先吸収や転位のすべりに基づく機構とは異なる現象である。この共鳴クリープは、モデル合金Fe-25Ni-15Cr-0.07Cにおいて、CW材も大きな変化を示すという違いはあるものの、よく似たパルス幅依存性を示す。従って、この共鳴クリープ過程はオーステナイト鋼に共通のものであると考えられる。


図3 Pulse-induced creep compliance (dε/dt)/G normalized by damage rate of 316SS and Fe-25Ni-15Cr, in comparison with the steady-state creep. The compliance for the pulsed creep is the average value for 3 hr. The steady-state rates are shown by zones, for the model alloy and 316SS under light ions (hatched), and the in-pile data of 316SS (dotted zone). (原論文2より引用。 Reprinted with permission from Elsevier Science, Copyright 1995.)

 図3は、316SSとFe-25Ni-15Cr合金について、共鳴照射クリープの(平均)速度係数(compliance)を定常照射クリープ速度と比較したものである。定常クリープ速度は、斜線領域あるいは斑点領域で示されている。モデル合金CW材については、パルス照射クリープは、定常クリープに比べて約20-50倍大きく、当該SA材の定常クリープはCW材よりさらに小さいことから、同程度以上の差がある。SA-316SSにおいても、共鳴クリープは定常クリープよりはるかに大きく、CW材の場合と比較しても50倍程度の違いがあり(SA材の定常クリープはより小さい)、さらに中性子照射定常クリープと比較すると、2桁程度の違いがある。
 
 特定周波数で共鳴的な変形効果が発生することは、次期核融合炉実験装置がパルス運転であることを考慮すると、工学上重要な知見である。この共鳴的照射クリープの機構については、応力誘起優先核生成モデルに基づき、点欠陥速度論で説明された。すなわち、再結合項が効く条件で、特定の時定数(主に空孔寿命で決まる)で繰り返しパルス照射を行うと、過渡的かつ共鳴的に格子間原子に富化し、優先方位のループ形成によりクリープ変形を起こす機構が示された。
 

コメント    :
 パルス照射による材料のクリープ変形効果は、核融合炉のパルス運転において重要であり、実験と理論の両面から研究が行われてきたが、中性子パルスが得難い等、良く制御された照射条件での実験が困難であり、その照射下挙動及び機構は確立されていない。イオン照射クリープ装置を利用した研究は、パルス幅を広い範囲で変化させることができ、系統的な測定評価を可能にした。特に、共鳴的クリープを見出したことは、ITER等次期核融合炉やパルス運転炉(概念設計)等に対して重要な示唆を与える。
 

原論文1 Data source 1:
Resonant irradiation creep of 316 stainless steel under pulsed deuteron bombardment
N. Kishimoto and H. Amekura
National Research Institute for Metals, 1-2-1 Sengen, Tsukuba, 305-0047, Japan
J. Nucl. Mater. 212-215 (1994) pp. 535-540.

原論文2 Data source 2:
Resonant creep enhancement in austenitic stainless steels due to pulsed irradiation at low doses
N. Kishimoto, H. Amekura and T. Saito
National Research Institute for Metals, 1-2-1 Sengen, Tsukuba, 305-0047, Japan
Fusion Eng. and Design 29 (1995) pp. 391-398.

原論文3 Data source 3:
Irradiation creep of Fe-25Ni-15Cr during 10 MeV deuteron bombardment
N. Kishimoto, H. Shiraishi and N. Yamamoto
National Research Institute for Metals, 1-2-1 Sengen, Tsukuba, 305-0047, Japan
J. Nucl. Mater. 155-157 (1988) pp. 1014-1018.

参考資料1 Reference 1:
Effect of flux and temperature transients on irradiation creep in 20% cold worked stainless steels
P. Jung
Institut fur Festkorperforshung, KFA Julich, D-5170, Julich, Germany
J. Nucl. Mater. 113 (1983) 163.

参考資料2 Reference 2:
Irradiation-induced transient creep of metals during pulsed irradiation
L. N. Bystrov, L. I. Ivanov and A. B. Tsepelew
Institute of Metallurgy, USSR Academy of Science, Leninsky Prospect, 49 Moskow V334, Russia
Radiation Effects 97 (1986) 127.

参考資料3 Reference 3:
Irradiation creep by the climb-controlled glide mechanism in pulsed fusion reactor
H. Gurol and N. H. Ghoniem
University of California, Santa Barbara, CA93106, USA, University of California, Los Angeles, CA90024, USA
Radiation effects 52 (1980) 103.

キーワード:照射クリープ, 共鳴的クリープ, オーステナイト鋼, パルス照射, 重陽子照射, 316ステンレス鋼, Fe-Ni-Cr合金, 応力誘起優先析出, 核融合炉
irradiation creep, resonant creep, austenitic steel, pulsed irradiation, deuteron irradiation, 316 Stainless steel, Fe-Ni-Cr alloy, Stress-induced preferential nucleation, fusion reactor
分類コード:110402, 110502

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