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作成: 1999/11/19 朝岡 秀人

データ番号   :110039
サファイヤ基板上へのジルコニア薄膜のエピタキシャル成長
目的      :室温で存在する単斜晶系ノンドープジルコニア単結晶薄膜の開発
研究実施機関名 :日本原子力研究所物質科学研究部極限物性研究グループ
応用分野    :物質創製研究、イオン伝導研究、高強度材料、固体電解質材料

概要      :
 新たな固体電解質、高強度・高靭性材料としての可能性を有するZrO2薄膜の作製を試み、室温で単結晶として得ることが困難な無添加単斜晶系ZrO2のエピタキシャル薄膜の育成を可能にした。
 

詳細説明    :
 酸化ジルコニウムは、トリチウム水分解あるいは核熱利用水素製造を目指した高温水蒸気電解用固体電解質、また高強度・高靭性材料として原子力分野を始めあらゆる分野での応用が期待されている。しかしながら、酸化ジルコニウムは1170℃付近で正方晶・単斜晶系の急激な格子定数の変化を伴う変態が起こるため、良質な単結晶が室温で得られておらず、室温での応用が困難である。また、単斜晶系酸化ジルコニウムのイオン伝導機構、異方特性などが明らかにされていない。現在、不純物を添加し安定化させた酸化ジルコニウムのみが様々な手法により得られているが、新たな固体電解質、高強度・高靭性材料としての可能性を探るため、真空蒸着の一種である分子線エピタキシー法を用い無添加単斜晶系酸化ジルコニウム薄膜の創製を試みた。
 
 分子線エピタキシーは超高真空下で発生させた分子ビームを加熱した基板lこ照射し、1原子層ずつ制御しながら基板上にエピタキシャル薄膜(結晶軸が基板の結晶軸にそろった単結晶薄膜)を成長させる手法である。分子線工ピタキシ一法が通常の真空蒸着と異なるのは、成長中の真空度である。1原子層の制御を可能とするため、分子線エピタキシーにおいては毎秒1原子層程度ときわめてゆっくりした成長速度にする。ここで通常の蒸着のようにlxl0-4Pa程度の真空下で成長を行い、基板表面に飛び込む残留ガス分子がすべて成長膜中に取り込まれるとすると、成長膜の構成原子と同程度の数の不純物原子が取り込まれ、きわめて純度の悪い膜しか得られないことになる。そこで、分子線工ピタキシーにおいては通常10-8〜10-9Paの超高真空が用いられる。
 
 蒸発源の酸化ジルコニウムは電子ビームで加熱し、蒸着速度0.01nm/s、基板温度は室温から1000℃において蒸着を行い、RHEEDによる観察をおこなった。RHEEDは20keV程度の電子線を試料表面すれすれに入射し、試料表面上に配列した原子によって回折した後、入射電子線の前方に置かれた蛍光スクリーンに当てて、回折像を観察するものである。電子線を試料表面すれすれに入射させるため、電子は試料表面の1〜2原子層しか進入しないので、試料最表面の原子配列に関する情報を、それも成長を中断させることなくリアルタイムで知ることができる特徴を有する。


図1 RHEED patterns of ZrO2 film grown with 3 molecular layers on sapphire-R substrate. The incident electron beam is parallel to (a) [100], (b) [110] and [010] axis of ZrO2, respectively. (原論文1より引用。 Copyright 1997, with permission from Elsevier Science.)

 図1に示したのは、基板として用いたサファイヤ単結晶表面に酸化ジルコニウムを3層成長させた際のRHEED像である。良好なエピタキシャル成長により平坦な単結晶表面になるとRHEED像は通常このようなストリークパターン、すなわち上下に伸びたロッド状になり、成長中のエピタキシャル膜の表面の形態をモニターすることができる。また、RHEED像によりサファイヤ基板と酸化ジルコニウム薄膜との成長方位関係が明らかになる。物質の単結晶表面上に別の物質を成長させようとする場合、すべての切れた接合手が完全に結ばれ、良好なエピタキシャル成長が進むためには、2つの物質間で結晶構造が類似していることが必要になる。サファイヤ単結晶表面と酸化ジルコニウムでは結晶構造がよく類似しており良好なエピタキシャル成長が可能となったと考えられる。
 
 さらに、図2、3にみられるようにX線回折法により単斜晶酸化ジルコニウムに相当する(002)、(004)のシャープなピークが観測され、赤外線吸収スペクトル法の吸収スペクトルにより単斜晶系であることが同定された。


図2 X-ray diffraction pattern (CuKα) of an ZrO2 film grown with 20 nm thickness on sapphire-R substrate. The letter m-ZrO2 represents the monoclinic ZrO2 phase. (原論文1より引用。 Copyright 1997, with permission from Elsevier Science.)



図3 IR absorption spectrum of an ZrO2 film grown with 20 nm thickness on sapphire-R substrate. The letter m-ZrO2 represents the monoclinic ZrO2 phase. (原論文1より引用。 Copyright 1997, with permission from Elsevier Science.)

 

コメント    :
 本研究により分子線エピタキシー法を用い、室温で得ることが困難であった新たな薄膜単結晶の創製に成功した。今後イオン伝導機構の解明を通して優れた電解用固体電解質、さらなる高強度・高靭性材料の開発が期待される。
 

原論文1 Data source 1:
Epitaxtial Growth of Zirconium Dioxide Films on Sapphire Substrates
H. Asaoka, Y. Katano and K. Noda
Japan Atomic Energy Research Institute, Tokai-mura, Naka-gun, Ibaraki 319-1195.
Appl. Surf. Sci. 113/114 (1997) 198-201.

キーワード:MBE、薄膜、結晶成長、ジルコニア、RHEED、IR、XRD
MBE, thin films, crystal growth, zirconia, RHEED, IR, XRD
分類コード:110501, 110503, 110101

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