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作成: 1999/09/28 数又 幸生

データ番号   :110037
高温超伝導体 BSCCO の230 MeV Auイオン照射効果
目的      :高温超伝導材料の臨界電流密度改善に関する研究
研究実施機関名 :日本原子力研究所 物質科学研究部 固体物理研究室
応用分野    :高温超伝導材料、臨界電流密度の改善、磁束系の物理の研究

概要      :
 高温超伝導体Bi2Sr2CaCu2Oxテープ材に230 MeV Au14+および120 MeV O7+イオンを照射して、磁束のピン止め機構と臨界電流密度との相関性を研究した。Au14+照射によって生成される円柱状欠陥は高温・高磁場において臨界電流密度向上に非常に有効であった。また、円柱状欠陥の導入により、磁束の熱運動は2次元から3次元に変化することを磁化の時間緩和の測定から明らかにした。
 

詳細説明    :
 酸化物系高温超伝導物質を実用に供するためには、磁場中での臨界電流密度(電気抵抗ゼロの状態を保ちながら流せる最大電流)を向上させる必要がある。謂ゆる第二種超伝導体において、磁場による磁束は1本ずつ量子磁束の単位で超伝導体中に入り込む。これらの量子磁束は電流による力(ロレンツ力)を受けて動き出す。量子磁束の運動はエネルギーの散逸を伴うので、電気抵抗ゼロの状態を保持することができない。従って、電気抵抗ゼロの状態を実現するためには、量子磁束をロレンツ力に対抗して固定する必要がある。この磁束の固定を磁束のピン止めと呼んでいる。磁束のピン止めには、格子欠陥が本質的な役割を果たしている。照射によって種々の格子欠陥を導入することによって、欠陥の構造とピン止め機構の相関性を解明することができる。
 
 本研究は、高温超伝導Bi2Sr2CaCu2Oxテープ材に230 MeV Au14+および120 MeV O7+イオンを照射して、磁束のピン止め機構と臨界電流密度との相関性を記述している。前者の照射では半径25Å程度の円柱状欠陥が、後者では点状の欠陥が生成される。照射前後の試料で、磁化、ヒシテリシスループ゜および磁化緩和の測定をSQUIDを用いて行った。
 
 超伝導転移点(Tc=84 K)以上の温度で試料に1テスラ(T)の磁場を加え、5 Kに冷却後磁場を取り除き、試料の残留磁化の温度変化を照射量に応じて測定した結果を図1に示した。残留磁化は、1.6x1011 Au+/cm2の照射量まで照射量の増加に伴って増加し、円柱状欠陥が強いピン止めとなって磁束を捕獲している。


図1 Temperature dependence of the remanent magnetization before and after irradiation. The remanent magnetization was measured after measurement of the field cooling magnetization in a field of 1 T down to 5 K when the magnetic field was turned off. (原論文1より引用。 Copyright 1996, with permission from Elsevier Science.)

 ヒシテリシスループの測定(磁化を磁場の関数として測定)から、臨界電流密度(Jc)を求めた結果、1.6x1011Au+/cm2の照射量までJcの増加が観測され、6.0x1011 Au+/cm2の照射量ではJcが照射前に比べて減少し、残留磁化の測定結果と一致していた(図1参照)。円柱状欠陥が半径25Åの非晶質領域を持つと仮定すると、6.0x1011 Au+/cm2の照射量では試料の約15%が非晶質領域となり、Jcの減少は超伝導体積の減少と関連付けられる。O7+の照射では最大照射量1.3x1015 O+/cm2までJcの増加が観測された。
 
 4つの異なる温度に対してJcを磁場の関数として図2に示した。高温・高磁場において円柱状欠陥によるJcの増加が顕著である。1.6x1011 Au+/cm2の照射量を式Bφ0φtに従って磁束密度に換算するとBφ=3.3Tとなる。ここでφ0は単位磁束量子、φtは照射量である。5K及び25KでのAu14+照射によるJcは、2T以上の磁場でO7+照射によるJcより小さい。この事実はAu14+照射によって生ずる円柱状欠陥の2/3程度が磁束のピン止めに有効に働いていることを示唆している。


図2 Magnetic field dependence of Jc. Jc for Au14+ irradiation is lower than that for O7+ irradiation above 2 T at 5 and 25 K. This result shows that the number of columnar defects is smaller than the number of flux quanta above 2 T. (原論文1より引用。 Copyright 1996, with permission from Elsevier Science.)

 磁化の時間緩和の測定(150Kで5Tの磁場をかけ、緩和を測定する任意の温度まで冷却後、磁場を取り除き時間の関数として磁化を測定する)結果を
 
式: U(J,T)=U(J)G(T), U(J)=(U0/p)[(J0/J)p-1]
 
を用いて照射前の実験を解析した結果が図3に示されている。ここでU(J,T)は磁束クリープに対する有効活性化エネルギーで、電流密度(J)と温度(T)の関数である。U(J,T)のJ依存性が図3に示されている。集団クリープモデルの理論から、上式U(J)のpの値から磁束の運動が推察される。照射前(図3)のp=-0.54と-1.15は、2次元pancake磁束集団の近距離hoppingと遠距離hoppingにそれぞれ対応している。また照射後の解析結果p=-0.862は3次元の磁束集団のhoppingによると解釈される。従って、磁束はAu14+照射によって2次元から3次元の磁束集団の運動に変化したと考えられる。


図3 Plot of U(J,T)/kG(T) vs. J on a double logarithmic scale prior to irradiation. From p=-1.15, which is nearly 9/8, a small hopping distance for two-dimensional flux creep is seen at low temperature, and p=-0.54 corresponds to a large distance at high temperature. (原論文1より引用。 Copyright 1996, with permission from Elsevier Science.)

 

コメント    :
 高温超伝導物質を実用に供するためには、磁場中での臨界電流密度を改善する必要に迫られている。高温超伝導体はその転移温度が80 K以上と高温であるため、これまでの超伝導体には見られなかった磁束系の新しい側面が指摘され、“磁束系の物理"として新しい分野を確立しつつある。そしてより高温における超伝導材料の開発のためには避けて通れない研究分野でもある。高エネルギー重イオン照射によって生ずる円柱状欠陥はその構造が単純であり、且つ臨界電流向上に極めて有効であるため世界が競って研究を進めている。
 

原論文1 Data source 1:
Effects of 230 MeV Au14+ irradiation on Bi2Sr2CaCu2Ox
Y. Kazumata, X. Gao, H. Kumakura and K. Togano
Japan Atomic Energy Research Institute, Tokai-mura, Naka-gun, Ibaraki-ken,
319-11, Japan
Surface & Coating Technology 84 (1996) pp. 348-352.

原論文2 Data source 2:
Effects of 230 MeV Au14+ irradiation on Bi2Sr2CaCu2Ox
X. Gao, Y. Kazumata, H. Kumakura and K. Togano
Japan Atomic Energy Research Institute, Tokai-mura, Naka-gun, Ibaraki-ken,
319-11, Japan
Physica C250 (1995) pp. 325-330.

キーワード:高温超伝導体、ビスマス系超伝導体、臨界電流密度、磁束のピン止め、磁束クリープ、イオン照射、円柱状欠陥、点欠陥
High Tc superconductor, Bi2Sr2CaCu2Ox, Critical Current Density, Flux Pinning, Flux Creep, Ion Irradiation, Columnar Defects, Point Defects
分類コード:110403, 110503,

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