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作成: 1999/11/22 岩瀬 彰宏

データ番号   :110031
イオン照射した高温超伝導体YBCOの非オーミック特性
目的      :超伝導転移温度近傍におけるYBCOの非オーミック特性におけるイオン照射効果の解明
研究実施機関名 :日本原子力研究所東海研究所
応用分野    :超伝導材料の改質、非線形デバイスの開発

概要      :
 高温超伝導体YBCOの転移点近傍における電流電圧特性が高エネルギーイオン照射によってどう変化するかを調べた。その結果、電圧Vは電流Iのべき(冪)乗、Iaに比例し、さらに、べき(冪)aは照射量の増加と共に減少し、1に近づくことが判った。実験結果は、照射によって弱結合部分の超伝導特性が劣化し、そのために熱的に励起した磁束対の解離が促進されることで説明できる。
 

詳細説明    :
 高温超伝導体の特異な性質の一つに、超伝導転移温度付近での非オーミックな電流電圧特性がある。これまでの報告によると、非オーミック特性は、電圧Vが電流Iのべき乗、Iaという形で表される。ここで、aは、物質によって決まる1より大きい定数である。本論文は、高温超伝導体YBaCuOの非オーミック特性が、イオン照射によって系統的に変化することを初めて実験的に明らかにしたものである。
 
 本研究で用いた試料は、Y, Ba 及びCuの硝酸塩の混合水溶液から生成したものである。燒結温度は950℃である。電気抵抗測定用の試料は、燒結したディスクから切り出した。形状は10×1×0.1 mm3である。試料は、X線測定により、単相であることを確認してある。
 
 電気抵抗測定は、通常の4端子法により、測定電流0.1-10mAで行った。図1には、照射前の試料の抵抗の温度依存性を示す。照射に用いたイオンは、原研東海研のタンデム加速器を用いて得られた120MeVの酸素イオンであり、照射時の試料温度は、液体窒素温度(77.3K)に保たれている。また、照射後の電流電圧特性測定時の試料温度も、同じく77.3Kであった。


図1 Electrical resistance vs temperature for YBaCuO specimen before irradiation. Measuring current is 0.1 mA.(原論文1より引用)

 図2に、色々な照射量に対する電流電圧特性をプロットする。ここでは、2mA以下の測定電流の場合についてのみ考えることにする。図2から、電圧の対数ln(V)は,電流の対数ln(I)に対して直線的に変化し、その傾きはイオン照射量の増加と共に減少する。このことは、電圧Vは電流Iの関数として、Iaで表され、べきaは、照射量と共に減少する量であることを意味する。さらに興味深い点は、各照射量に対する直線が、すべて1点(I0, V0)で交わることである。


図2 Current-voltage characteristics at 77.3K for various ion fluences, (A)before irradiation, (B)2.96x1013/cm2, (C)5.89x1013/cm2, (D)9.89x1013/cm2, (E)1.60x1014/cm2, (F)2.14x1014/cm2, (G)3.01x1014/cm2, (H)5.00x1014/cm2, (I)6.78x1014/cm2 and(J)1.14x1015/cm2. The data are plotted only for I< 2 mA.(原論文1より引用)

 図3は、測定電流をパラメータとして、電圧の照射量依存性を示している。2mA以下の測定電流に対しては、図2で示した電流電圧特性とよく似た振る舞いが見られる。即ち、各電流に対して、電圧の対数ln(V)は、照射量の対数ln(Φ)に対して直線的に増加し、各直線は、1点(Φ0, V0)で交わる。


図3 Fluence dependence of voltage at 77.3K for various measuring currents, (A)0.1mA, (B)0.2mA, (C)0.3mA, (D)0.5mA, (E)0.7mA, (F)0.9mA, (G)1.2mA, (H)1.5mA, (I)2.0mA, (J)3.0mA, (K)4.0mA, (L)6.0mA and (M)10.0mA.(原論文1より引用)

 以上の結果から、電流I, 電圧V, 照射量Φの関係は、次のような式で表される。
 
   ln(V/V0) = -1.06×ln(Φ/Φ0)×ln(I/I0)
 
ここで、I0=7.7mA, V0=7.9mV, Φ0=4.8x1015/cm2 である。
 
 電圧が電流のべき乗になるという振る舞いは、従来の超伝導体においても、試料が2次元的な超薄膜の場合に観測されており、転移点近傍において2次元超伝導体に特有な熱ゆらぎとして現れる磁束量子対が、外部からの電流によって解離し、自由に運動できるようになった結果として説明されている。Y系の高温超伝導体においても、その2次元的層状構造から、転移点近傍での磁束量子対の発生が期待できる。
 
 では、照射により、なぜべきaが減少するかを考えてみる。実験に用いた試料は燒結によって作成したものであるから、均一な構造ではなく、弱結合によって繋がった超伝導領域の集合体であると考えられる。このような試料の場合、べきaは、隣り合った2つの超伝導領域の結合エネルギーに比例することが知られている。従って、実験結果は、イオン照射によって弱結合がダメージを受け、結合エネルギーが照射量と共に減少していったため、と説明できることになる。結合エネルギーの減少により、磁束対は、外部電流によって、より解離されやすくなる。そのため、自由に運動できる磁束が増加する。その結果として、電流電圧特性は、照射により、オーミックな状態に近づくことになる。言いかえれば、べきaは、照射によって減少し、1に近づく、ということである。
 

コメント    :
 高温超伝導体の照射効果の報告は多く出ているが、その大部分は、欠陥への磁束ピニングに関するものである。本論文で記された転移点近傍でのI-V特性と、そのイオン照射効果は、他にほとんど報告が無く、物理的に興味あるのに加え、デバイスの非オーミック特性を照射によって良く制御できる可能性を示していることから、工学的立場からも重要である。
 

原論文1 Data source 1:
Effect of high-energy ion irradiation on current-voltage characteristics in the oxide superconductor YBa2Cu3O7-x
A. Iwase, N. Masaki, T. Iwata and T. Nihira*
Japan Atomic Energy Research Institute, *Ibaraki University
Jpn. J. Appl. Phys. 29 (1990) L1810-L1812.

原論文2 Data source 2:
Non-ohmic resistive state in ion-irradiated YBa2Cu3O7-x
A. Iwase, N. Masaki, T. Iwata and T. Nihira*
Japan Atomic Energy Research Institute, *Ibaraki University
Physica C174 (1991) 321-328.

原論文3 Data source 3:
Effect of 120 MeV oxygen ion irradiation on current-voltage characteristics in YBaCuO
A. Iwase, N. Masaki, T. Iwata and T. Nihira*
Japan Atomic Energy Research Institute, *Ibaraki University
Mat. Res. Soc. Symp. Proc. 209 (1991) 847-851.

キーワード:イオン照射、高温超伝導体、非オーミック電流電圧特性、磁束対熱解離
ion irradiation, high-Tc superconductor, non-ohmic I-V characteristics, unbinding of thermally excited vortex pairs
分類コード:110403

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