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作成: 2000/01/07 岩瀬 彰宏

データ番号   :110029
NiとCuにおける格子欠陥の照射アニーリング
目的      :高エネルギーイオンによる照射アニーリング断面積の定量的評価
研究実施機関名 :日本原子力研究所東海研究所
応用分野    :金属の高エネルギー照射損傷機構の解明、高エネルギーイオンによる物質改質

概要      :
 あらかじめ格子欠陥(フレンケル対)をドープしておいたNiとCuにおいて、100MeVの沃素イオンによる照射アニーリングを測定した。実験結果は、数種類の欠陥に対する欠陥生成と消滅を記述するモデルを用いて解析した。その結果、照射アニーリングの断面積が求められ、Niに対する断面積は、Cuに比べて一桁近く大きいことが判った。実験結果は、Niの照射アニーリングにおける高密度電子励起の寄与を定量的に示している。
 

詳細説明    :
 固体に高エネルギー粒子が照射されたとき、固体の原子に与えられるエネルギーがある閾値を超えた場合に、原子が正規の格子位置から弾き出されることは良く知られている。一方、固体中に格子間原子などの格子欠陥があらかじめ存在した場合、これらは、照射によるエネルギー付与が弾き出しの閾値以下であっても、移動し空孔と合体して消滅することがある。この現象は「照射アニーリング」とよばれるものであり、固体の照射効果を論ずる際、弾き出しによる欠陥生成と並んで重要なプロセスである。
 
 金属における照射アニーリングの研究は、これまでに、電子線照射や1MeV程度の重イオン照射を用いて行われている。しかし、これらの実験で観測されている照射アニーリングは、粒子線と金属原子との弾性的相互作用に基づくものである。一方、100MeV程度の重イオンを極低温のNiに照射した時、照射後に測定した欠陥回復スペクトルにおいて、ステージIを初めとする低温域の欠陥回復量が著しく減少することが見出されている(参考資料1)。これは、照射中に格子欠陥の一部が消滅したこと、即ち、大きな照射アニーリングが起こったことを示す実験結果である。この現象は、電子格子相互作用の大きいNiでは観測され、相互作用の小さいCuでは見出されていないことから、弾性的相互作用によるものではなく、イオンによって高密度励起した電子のエネルギーが格子に移行した結果であると説明できる。
 
 本研究では、この「電子励起による照射アニーリング」という新たに見出された現象を、より定量的に捉えるための実験を行った。
 
 試料はNi及びCu薄膜である。まず、84MeVの炭素イオンで照射することにより、試料中にフレンケル対(格子間原子と空孔の対)をドープする。このときドープされたフレンケル対の濃度は、約800ppmである。ドープされた試料を、次に100MeVの沃素イオンで照射する。欠陥が熱的に移動することを防ぐため、照射は、すべて10K以下の極低温で行い、また、試料の電気抵抗を炭素イオンと沃素イオンの照射量の関数として測定した。参考データとして、欠陥をドープしていない試料における沃素イオン照射実験も併せて行った。


図1 Electrical resistivity change versus ion fluence in (a) Ni and (b) Cu during 84 MeV 12C-ion irradiation for defect doping (open circles) and during subsequent 100 MeV 127I-ion irradiation (solid circles). Solid squares present the electrical resistivity change of undoped samples during 100 MeV 127I-ion irradiation.(原論文1より引用)

 図1に結果を示す。縦軸には、照射による電気抵抗変化を示しているが、金属の場合、試料に含まれる照射欠陥濃度と抵抗変化量は良く比例することが知られているので、図の縦軸は、照射による格子欠陥濃度の変化量と考えて良い。炭素イオン照射中は、Ni, Cu共、同じように照射によって照射欠陥が蓄積していくが、沃素イオン照射に切り替えた所からは、両金属の振る舞いは大きく異なってくる。Cuでは、引き続き照射欠陥濃度は増加するのに対し、Niでは、僅かの沃素イオン照射で蓄積された欠陥の約半分が消滅する。


図2 Recovery curves of electrical resistivity and their temperature derivatives in (a) Ni and (b) Cu after 84 MeV C-ion irradiation (open circles) and after 84 MeV C-ion irradiation plus subsequent 100 MeV I-ion irradiation (solid circles).(原論文1より引用)

 炭素イオン照射後、及び炭素イオン照射+沃素イオン照射後に測定した欠陥回復スペクトルを図2に示す。Niでは、炭素イオンのみを照射したときに大きく現れる60K付近の回復ステージ(ステージI)は、沃素イオン照射によって、ほとんどなくなっている。さらに、より高温側の回復(ステージIIの一部)も大きく減少する。これに対して、Cuの場合、回復スペクトルに対する沃素イオン照射の効果は小さい。
 
 これらの実験結果を、炭素イオンによって生成した数種類の欠陥が、沃素イオンによる選択的照射アニーリングによって消滅する、というモデルを用いて解析した(モデルの詳細については、原論文参照のこと)。解析の結果、Niでは、ステージIに相当する格子欠陥の照射アニーリング断面積が(1.4-6.5)×10-12cm2であるのに対し、Cuでは、それは1桁近く小さいことが判った。以上の結果は、100MeVの重イオン照射したNiの照射アニーリングに対する高密度電子励起の寄与を定量的に示したものである。
 

コメント    :
 本実験の結果は、照射中の試料温度制御、エネルギー、価数、ビーム電流がきちんと確定した高品質イオンビーム生成、精密抵抗測定、などの技術の集積の結果得られた信頼性の高いものである。本研究は、加速器による粒子線照射は、それを正しく使いこなせれば、放射線物性(照射効果)の基礎過程を解明するのに、極めて有力な手段になることを示している。
 

原論文1 Data source 1:
Radiation Annealing in Nickel and Copper by 100 MeV Iodine Ions
Akihiro Iwase, Tadao Iwata, Shigemi Sasaki and Takeshi Nihira*
Japan Atomic Energy Research Institute; *Ibaraki University
J. Phys. Soc. Jpn. 59, 1451-1457 (1990).

原論文2 Data source 2:
Radiation Annealing in Ni and Cu by Heavy Ion Irradiation
Tadao Iwata and Akihiro Iwase
Japan Atomic Energy Research Institute
Nucl. Instr. Meth B61, 436-440 (1991).

参考資料1 Reference 1:
Anomalous Reduction of Stage-I Recovery in Nickel Irradiated with Heavy Ions in the Energy Range 100-120 MeV
A. Iwase, S. Sasaki, T. Iwata and T. Nihira*
Japan Atomic Energy Research Institute; *Ibaraki University
Phys. Rev. Lett. 58, 2450-2453 (1987).

キーワード:照射アニーリング、ニッケル、銅、電子励起、電子格子相互作用
radiation annealing, nickel, copper, electronic excitation, electron-phonon interaction
分類コード:110401, 110402

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