原子力基盤技術データベースのメインページへ

作成: 1999/11/08 岩瀬 彰宏

データ番号   :110028
重イオン照射したNi中の格子欠陥の低温熱回復と高密度電子励起効果
目的      :金属における高エネルギーイオン照射損傷機構の解明
研究実施機関名 :日本原子力研究所東海研究所
応用分野    :照射損傷基礎、原子力材料、固体内原子衝突、非平衡場材料改質、電子格子相互作用の評価

概要      :
 100-120 MeV の各種重イオンをニッケルに 10 K 以下で極低温照射し、格子欠陥回復スペクトルを測定した。その結果、ステージIにおける回復が異常に小さくなる現象を見出した。これは、イオンとニッケル原子の弾性的相互作用によるプロセスでは説明できない。実験結果は、重イオンによる高密度電子励起と電子格子相互作用が欠陥消滅に大きな役割を演ずることを示している。
 

詳細説明    :
 金属を極低温で照射し、その後アニールすることによって得られる欠陥回復スペクトルは、照射によって生成された格子欠陥に対する有益な情報を与えるため、電子線、中性子線、低エネルギーイオン照射実験などにより多く研究されてきた。しかし、100 MeV 以上の高エネルギー重イオン照射による研究例は殆どみられない。そこで、原研タンデム加速器からの高エネルギー重イオンを用いた極低温照射実験を行い、照射後の欠陥回復スペクトルを測定した。
 
 試料は、真空蒸着法によって作製した、厚さ 200 nm 程度の Ni 及び Cu 薄膜である。照射に用いたイオンは、100-120 MeV の C, F, Cl, Si, Br, I である。比較の為に、低エネルギー(1 MeV程度)のイオン(H, He, N, Ar)による実験も併せて行った。照射中の試料温度は、高エネルギーイオン照射の場合、14 K 以下に、また、低エネルギーイオン照射では 6 K 以下に保たれている。照射後のアニーリング実験は以下のように行った。まず、照射前の試料の電気抵抗を、温度を 10 K から 300 K まで等速(1.5 deg/min)で上昇させながら測定する。照射後も同様の測定を行う。同温度での照射前後の電気抵抗の差をとることにより、その温度で残留した欠陥による電気抵抗(即ち、欠陥濃度)をアニール温度の関数として得ることができる。


図1 (a) Recovery curves and (b) temperature derivatives of recovery curves in Ni as a function of annealing temperature. (原論文1より引用。 Copyright 1987 by the American Physical Society.)

 得られた結果を図1に示す。図には、色々なイオンで照射した場合の欠陥回復曲線(特に、60 K 付近にみられるステージI)と、温度によって微分した曲線をアニール温度の関数としてプロットした。(図の簡略化のため、すべての実験結果を示しているのではない。)ここで印象的なのは、Ni 高エネルギーの Si, I で照射した場合、ステージIの回復が著しく少ないか、あるいは、殆ど消失していることである。この現象は、低エネルギー粒子照射では、みられなかったことである。Cu においては、このような異常現象はみられない。そこで、この点をもう少し詳しく見てみることにする。


図2 Amount of stage-I recovery in (a) Ni and (b) Cu for low-energy ion irradiations (open circles and open squares) and for high-energy ion irradiations ( solid circles and solid squares) as a function of PKA median energy T1/2. (原論文1より引用。 Copyright 1987 by the American Physical Society.)

 図2は、弾性的相互作用によって、照射イオンから試料原子に与えられるエネルギーの平均値(PKAメディアンエネルギーと呼ぶ)に対する、ステージIにおける欠陥回復量を示す。Cu の場合、ステージIにおける欠陥回復量は、高エネルギーイオン、低エネルギーイオン照射の両者とも、同じPKAメディアンエネルギー依存性を示す。これは、「金属において、照射損傷過程は、専ら、ターゲット原子と照射粒子との弾性的相互作用によって起こる」という,今までの常識を示す結果である。これに対して、高エネルギーイオン照射した Ni では、同じPKAメディアンエネルギーで比べても、ステージIにおける欠陥回復量は、低エネルギーイオン照射よりもはるかに少ない。


図3 Amount of stage-I recovery in Ni for low-energy ion irradiations (open circles) and for high-energy ion irradiations (solid circles) as a function of electronic stopping power. (原論文1より引用。 Copyright 1987 by the American Physical Society.)

 図3には、Ni のステージIにおける欠陥回復量を電子的阻止能 Se の関数として示す。図3と図2を比べると、Ni の場合、欠陥回復の挙動を記述するのに、電子励起の大きさを示す Se が、弾性的相互作用を示すPKAメディアンエネルギーよりはるかに良いことが判る。即ち、実験結果は、イオンによる電子励起密度が大きくなると、電子励起に費やされたエネルギーが有効に格子系に伝達され、その結果、ステージIで回復すべき欠陥(主に、自由な格子間原子であろう)が、照射中、消滅してしまうことを示しているのである。
 
 この現象は、Ni のように電子格子相互作用が大きな FCC 金属において一般的にみられることが、後の論文によって明確にされている。銅の場合は、電子格子相互作用が小さすぎたため、電子から格子へのエネルギー移動が十分でなく、従って、電子励起効果は観測されなかったのである。本論文は、電子励起が金属の照射損傷過程に大きな役割を及ぼすことを実験的に初めて明らかにしたものである。
 

コメント    :
 金属において高密度電子励起が照射損傷過程に大きな効果を及ぼすことは、常識を覆すものであり、学問的に極めて貴重な発見である。また、電子励起を金属系物質の改質に利用する可能性も示すものであり、工学的な意味でも興味深い。
 

原論文1 Data source 1:
Anomalous reduction of stage-I recovery in nickel irradiated with heavy ions in the energy range 100-120 MeV
A. Iwase, S. Sasaki, T. Iwata, T. Nihira*
Japan Atomic Energy Research Institute (JAERI), Tokai; *Ibaraki University
Phys. Rev. Lett. Vol. 58, pp. 2450-2453 (1987).

参考資料1 Reference 1:
Defect Recovery in fcc metals irradiated with 0.5-126 MeV energetic ions
A. Iwase, T. Iwata, T. Nihira*, S. Sasaki
Japan Atomic Energy Research Institute (JAERI), Tokai; *Ibaraki University
Materials Science Forum Vol. 97-99, pp. 605-614 (1992).

キーワード:極低温照射、欠陥回復、高密度電子励起、電子格子相互作用、高エネルギーイオン
low temperature irradiation, defect recovery, high density electronic excitation, electron-phonon interactions, high energy ion
分類コード:110401, 110402

原子力基盤技術データベースのメインページへ