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作成: 1998/11/4 斉藤 淳一

データ番号   :110020
イオン注入による金属材料の表面構造と特性の変化
目的      :イオン注入を利用した新しい表面改質材料の開発のための基盤技術
研究実施機関名 :核燃料サイクル開発機構大洗工学センター、ナトリウム・安全工学試験部、機器・構造安全工学グループ
応用分野    :耐食材料、耐熱材料、耐摩耗性材料

概要      :
 本研究ではイオン注入を利用してた原子力複合環境下に適した新しい表面改質材料の開発を目標として、ナトリウム耐食性向上メカニズムの基盤となるマグネシウム注入による表面層の変化について2次イオン質量分析およびX線光電子分光を用いて解析した。その結果、注入したマグネシウムは最表面でMgOを形成し、基材内部では金属状態で存在していることが明らかになった。
 

詳細説明    :
 イオン注入を利用した表面改質による材料開発は複雑な処理や材料の寸法変化を伴わなず、材料表面のみの特性を向上させる方法として注目されている。特に、この方法はこれまで耐摩耗性材料へ適用される等、今後も巾広い分野での応用が期待されている。高速炉に使用される構造材料は高温、ナトリウムおよび中性子照射と厳しい複合環境下に曝されている。高速炉等の原子力プラントの高性能化および安全性向上のためには、複合環境下で優れた特性を有する材料の開発が重要である。
 
 本研究では、高速炉の構造材料として重要な特性の一つであるナトリウム耐食性を向上させることを目的として、イオン注入による新しい表面改質材料の開発を行った。本研究では、注入イオンとしてマグネシウムを選択した。マグネシウム酸化物は優れたナトリウム耐食性を示すことが知られており、マグネシウムイオンの注入によりマグネシウム酸化物層を表面に形成させ、ナトリウム耐食性の向上を狙った。ここでは、耐食性向上メカニズムの基盤となるマグネシウムにより改質された表面層の解析結果について述べる。
 
 基材には、SUS316を用い、イオンエネルギーは150keVで注入量は3×1017と6×1017とした。さらに、イオン注入後にマグネシウム酸化膜の形成を促進するために、200℃、400℃および600℃で2時間の熱処理をそれぞれ施した。表面構造の解析には、2次イオン質量分析(SIMS)およびX線光電子分光(XPS)を用いた。
 
 図1には注入後のSIMSによる深さ方向の分析結果を示す。


図1 Mgイオン注入したSUS316FR試験片のSIMSによる深さ方向の元素分布

 図1aは6×1017注入材、図1bは3×1017注入材で、さらに図1cは3×1017注入後、熱処理(400℃)をした試験片の結果である。6×1017注入した試験片では、最表面で注入したマグネシウムの濃度が大きなピークを示し、基材の成分である鉄、クロムに比べても多く検出されていた。このマグネシウム濃度は、180nm付近まで徐々に濃度が減少していることがわかった。さらに、マグネシウムの注入に起因すると思われる酸素の侵入も200nm付近まで検出された。XPSによる解析結果では、最表面から70nmまでMg1ピークは2価イオンと金属状態の中間の束縛エネルギー位置に検出された。また、O1sピークはMgOに相当する化学シフトが検出された。このように、注入したマグネシウムは最表面で酸化物(MgO)を形成している可能性が示唆された。
 
 図1bの3×1017注入材では(a)と同様に注入したマグネシウムが最表面でピークを示していることがわかった。しかしながら、低注入量のため深さ方向で巾がないことがわかる。XPSの結果も同様で、最表面ではMgOに相当するO1sピークの化学シフトが検出されたが、30nmより深い部分では金属状態のマグネシウムになっていた。このことから、低注入量材では注入したマグネシウムは最表面では酸素と化合してMgOを形成しているが、深くなると鉄中に固溶した状態でマグネシウムになっていることがわかった。
 
 図1cの注入後に熱処理した試験片では、最表面でのマグネシウム濃度が大きく減少し、基材内部の100nm近傍でピークを示していることがわかった。それに対して、酸素と基材成分の鉄、クロムの濃度は表面近傍でピークを示した。XPSの結果では、最表面でFe2O3、Cr2O3に相当するO1sピークの化学シフトが検出された。つまり、注入後にMgOに近い状態であった酸素は熱処理により鉄とクロムと反応し、Fe2O3、Cr2O3に変化したと考えられる。
 
 以上の解析結果から、注入したマグネシウムは注入量に依存してMgOを形成していることが予想される。また、マグネシウムは鉄に対して非固溶の元素であるが、熱処理により表面に拡散し再配列するのではなく、基材内部に拡散し、金属状態で存在していることがわかった。
 

コメント    :
 イオン注入を利用した材料開発は材料の形状を変えずに特性向上を行える方法として、たいへん有望である。しかしながら、イオン注入という装置上の問題から大きな構造物への適用は現実的ではない。逆にある部品やある部品の一部分に限って特性を向上させるには有効な方法である。
 

原論文1 Data source 1:
イオン注入による新しい表面改質材料の研究開発
斉藤 淳一、林 和範、加納 茂機、笠井 昇、工藤 久明、森田 洋右
核燃料サイクル開発機構、茨城県東茨城郡大洗町成田町4002
第7回TIARA研究発表会要旨集(1998) p.89.

原論文2 Data source 2:
イオン注入による金属材料の表面構造と特性変化
林 和範、斉藤 淳一、加納 茂機、笠井 昇、工藤 久明、瀬口 忠男
核燃料サイクル開発機構、東茨城郡大洗町成田町4002
第6回TIARA研究発表会要旨集(1997) p.97.

キーワード:イオン注入、表面改質材料、イオン照射
Ion implantation, Surface modified materials, Ion irradiation
分類コード:110104, 110102

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