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作成: 1997/10/22 萩原 和将

データ番号   :110013
高分子中のポジトロニウムの拡散係数
目的      :拡散係数測定によるオルソポジトロニウムの性質の解明
研究実施機関名 :工業技術院物質工学工業技術研究所計測科学部状態分析研究所
応用分野    :高分子材料、欠陥検出

概要      :
 2-2'-ジニトロビフェニル(DNB)を添加したアモルファスポリマー中のオルソポジトロニウム(o-Ps)の拡散係数を陽電子寿命測定法より求めた。このとき、o-PsとDNBとの間での反応が拡散によって支配されていると仮定した。高分子中のPsの拡散係数は酸素やアルゴン、窒素の拡散係数と比べて2桁ほど大きいことがわかった。また、Ps形成におけるDNB添加の効果について検討を行った。
 

詳細説明    :
 ポジトロニウム(Ps)は、電子と陽電子の拘束状態であり、それらのスピンの向きによりパラポジトロニウム(p-Ps)とオルソポジトロニウム(o-Ps)とに分けられる。その中でも寿命の長いo-Psは、高分子の自由体積等の性質を探るプローブとして期待されている。しかし、このPsの性質についてはまだ研究されていない部分が多い。たとえば、ポリマー中の拡散係数についてはほとんど報告されていない。そこで、本実験では、アモルファスポリマーであるポリスルフォン(PSF)、ポリカーボネート(PC)、ポリスチレン(PS)に、2,2'-ジニトロビフェニル(DNB)を添加し、Psのクエンチングを利用することで、Psの拡散係数を陽電子寿命測定法により求めた。
 
 陽電子寿命測定はDNBを0〜2.9%添加したPSF、PC、PSFについてを行った。なお、測定は、PSについては25℃で、PSF、PCLについては25℃〜120℃の温度で行い、測定した寿命曲線は非線形最小自乗法により3成分解析を行った。はじめに、PCにおける測定温度を変化させた場合のDNB濃度とo-Psの消滅速度(λ3)の関係を図1に示す。DNB濃度とPsとの反応速度定数(kPs')はλ3を用いて、
 
   λ330 =kPs'C
 
と表される。ここで、C:DNB濃度(%)、λ30:DNB濃度が0%の時の消滅速度(ns-1)、kPs':反応速度定数(%-1 ns-1)である。


図1 Variation in o-Ps annihilation rate on addition of DNB to PC. The rate constant increases as the temperature is raised; the same tendency was observed for PSF. (原論文1より引用。 Reprinted with permission from The Royal Society of Chemistry.)

 PsとDNBとの反応が拡散によって支配されていると仮定すると、反応速度定数kPs(dm3 mol-1 ns-1)とPsとDNBの拡散係数DPs、DDNB(cm2 s-1)には
 
   kPs = 4π(10-19)N0(DPs+DDNB)(rPs+rDNB)
 
なる関係がある。ここで、rPsとrDNBはそれぞれPsとDNBの半径(nm)、N0はアボガドロ数である。Psの半径rPsは0.053nmで、DNBはPsに比べて拡散が遅いと仮定し、DDNB=0としてDPsを求めた。表1は本実験で求めた25℃におけるPSF、PC、PS中でのPsの拡散係数およびO2、Ar、N2の拡散係数である。O2、Ar、N2に比べ、Psの拡散係数は2桁程度大きいことがわかる。また、氷で報告されている値0.17(cm2 s-1)と比べる5桁程度小さいが、これはPsがアモルファス高分子中の自由体積空孔に局在化しているため、Psが非局在化している分子性結晶に比べて拡散が困難になっているためと考えられる。

表1 Diffusion coefficients of Ps, oxygen, nitrogen and argon for PSF, PC and PS. (原論文1より引用。 Reprinted with permission from The Royal Society of Chemistry.)
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                Ps reaction rate constant          D(10-8cm2s-1)
               ------------------------------   ---------------------
         T(℃)  k'((wt.%)-1ns-1) k(dm3mol-1ns-1)    Ps   O2    Ar    N2    Vf(cm3g-1)
---------------------------------------------------------------------------------
PSF       25       0.044           0.87          300  1.8  0.65  0.48    0.132
PSF      120       0.070           1.42          490   -    -     -      0.146
PC        25       0.046           0.94          320  2.9  1.2   0.81    0.144
PC       120       0.071           1.49          510   -    -     -      0.160
PS        25       0.033           0.77          260  9.1  4.1   2.3     0.167
liquid 
 benzene  25         -            25              -    -    -     -      0.339
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Glass transition temperatures of PSF, PC and PS determined by differential scanning 
calorimetry (DSC) are 187, 147 and 103℃, respectively.
 拡散の自由体積理論によればポリマー中のガスの拡散係数(D)は自由体積分率(Vf)を用いて、
 
   D = ARTexp(-B/Vf)
 
と表すことができることが知られている。ここでA、Bは定数、Rは気体定数である。したがって、拡散が自由体積に依存するなら1/Vfとln(D/T)は比例する。そこで、図2に、様々なポリマー中でのO2、Ar、N2および本実験で求めたPsについての1/Vfとln(D/T)の関係を示す。Vfの温度変化はそれぞれポリマーの膨張係数より計算で求めた。図2より、Psの拡散係数(DPs)は自由体積分率(Vf)と関係はあるが、ガスの拡散に比べて自由体積による変化が小さいことがわかる。
 
 以上、まとめるとPSF、PC、PS中のPsの拡散係数を、Psのクエンチングを利用して測定した。また、Psの拡散係数はO2、Ar、N2に比べ2桁ほど大きく、自由体積との相関も認められた。


図2 log(D/T) vs. inverse total free volume for oxygen, nitrogen and argon in various polymers. Also included in this figure is a similar plot for Ps. (原論文1より引用。 Reprinted with permission from The Royal Society of Chemistry. )

 

コメント    :
 陽電子寿命測定は非破壊で物質の欠陥等を調べることが出きる方法であり、材料開発において非常に期待されている。しかし、オルソポジトロニウムの性質についてはいまだなお研究例は少ない。たとえば拡散係数についての報告例はほとんどない。そうした中で本研究は高分子中のオルソポジトロニウムの拡散係数について詳細な実験を行い、オルソポジトロニウムの性質について議論を行っている。
 

原論文1 Data source 1:
Diffusion coefficients of positromium in amorphous polymers
K. Hirata, Y. Kobayashi and Y. Ujihira
National Institute of Material and Chemical Research, Tsukuba, Ibaraki 305, Japan
Research Center for Advanced Science and Technology, The University of Tokyo, Meguro-ku, Tokyo 153, Japan
J. Chem. Soc. Faraday Trans. 92(6) (1996) pp. 985-988

キーワード:オルソポジトロニウム、拡散係数、陽電子寿命測定法、自由体積、アモルファスポリマー
ortho-positronium, diffusion coefficients, positron lifetime spectroscopy, free volume, amorphous polymer
分類コード:110103, 110102, 110203

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